能楽「巻絹」
面、装束、作り物
巻絹1 ◆ 天皇の臣下、三熊野で巻絹の到着を待つ ◆
*1 今上陛下、とは今の天皇、ということです。この「巻絹」のお話には原作(とでもいうのかな)にあたるものはありませんが、アイデアをとったのではないか、といわれるものはあります。『沙石集』という本に載っている音無天神で身分の低いものが和歌を詠んだ、という逸話です。それだと後嵯峨法皇のときの事となっています。十三世紀末ごろになりますね。 *2 和歌山県にある熊野本宮(東牟婁郡本宮町)、熊野新宮(熊野速玉大社ともいいます。和歌山県新宮市)、熊野那智大社(東牟婁郡那智勝浦町那智山)の三つの神社の総称です。昔々はそれぞれ別の由来をもってお互いに関わりなく建てられたのですが、仏教が日本に定着していくに従って神仏習合がすすみ、それぞれの祭神の本地が決まっていってだんだん熊野全体をまとめて見るような視点が生まれ、熊野全体が聖地とされていったのだそうです。つまり、熊野三山といえばその辺り一帯の山々をさしているのね、と思ってください。さて、そんな熊野は大人気を博し、「蟻の熊野詣」という言葉がうまれるほど参詣者が群がりました。天皇家の崇敬も絶大なものがあり、院政期には上皇自ら度々熊野を訪れました。(後白河上皇なんて、三十四回も行ったんですって! 電車も車もない時代にですよ?)このお話の当時の熊野本宮は今とは違う場所に建っていたそうです。明治二十二年に大洪水がこの辺り一帯を襲い、全部流されてしまったのですって。 *3 巻絹とは読んで字の如く絹を巻いたものです。軸に反物を巻きつけてあるんだそうです。これは当時の高級品で、お金のかわりにも使われていたのだとか。それにしてもなぜ巻絹なのかは詞章からはわかりませんね。価値あるものなら何でもよかったのかな? 巻絹を持って出ると舞台栄えするから? それとも? |
巻絹2 ◆ 都人、巻絹を納めに三熊野へ向う ◆
*1 都と紀州をつなぐ路です。 *2 京都と和歌山は確かに近いですがこの当時、方言なんかはものすごく差があったかもしれませんね。 *3 和歌山県の日高町から南部町にかけての浜辺の名称です。景色の美しいところで、和歌などによく詠まれていました。千里といえば一里を四キロと考えると四千キロ。そんなに長いわけはないですね。けど「遠いな、まだかな」と思いながら歩いていて「千里」と聞くと「ええーっ」と思ってしまう気持ち、分からなくもありませんね。ここはね、アカウミガメが卵を産みに来るところなんですって。 *4 「麻裳よい」「麻裳よし」というのは枕詞で「紀」にかかっています。麻で織られた衣裳を「着」る、と「紀」をかけているのかと思いきや、古代の母音が八つあったころにはこの二つは「き」といっても異なる発音をしていたはずなのでそれはないのだとか。紀州はよい麻裳の産地だったのかしらね。朝も良い、なんてのはだめですかね、あ、西にある浜だから日は昇らないのか。 |
巻絹3 ◆ 都人、音無の天神に立ち寄り和歌を手向ける ◆
*1 熊野本宮の近くには音無川という川が流れており、その辺りの地名を音無といいます。普通、神社には本殿の他にも小さな祠がたくさんありますよね。熊野本宮と音無の天神の関係もそういうものだと思われます。巻絹2の注に書きましたがこの辺りは洪水でさらわれ、この音無の天神も流されてしまいました。そしてその後、今の敷地に本宮などは建て直されましたがここの神様は合祀される形になっており、今は音無の天神はないのです。 「音無の天神」とは、その音無の里にある天神だ、という意味に解して祭神を調べるのにとんだ遠回りをしてしまった過去は第五回淡海能冊子に詳しく載せてあるのですが、かいつまんで申しますと。熊野のあらゆる神社が載っている資料を見つけましたら、そこに「音無天神 少彦名命」と書いてあったのですよ。で、こりゃもうてっきりそうかと思い少彦名命と和歌の関係やら巫女の関係やらを調べていたのです。しかし手繰れども手繰れども手応えがなく、ついに心も新たに考え直して「梅」「和歌」「天神」ときたら菅原道真しかいないじゃん、という自明の理に到達し、しかも詞章を見直してみればそこにはっきり「南無天満天神」とあるではないですかあああ、ということがあったのです。で、そう分かった目で以って前出の資料を再度見てみますと「天神社 菅丞相」ともありまして。つまりは、そこには「音無天神」と「音無の天神」、その二つの天神さんがあったのよ、というお話です。「の」の字をちょっぴり強調しているのはね、そのためなのです。 *2 聞こえる、といっていますが、香りがほのかに感じられる、という意味です。音が自然と耳に入ってくるのを聞こえると言うように香りが自然と鼻に入ってくるのね。風情があってすてきね。 *3 なんでこの人はさっさと本宮へ行かなかったかなあ、到着して次の日になんて行ってるから怒られて縛られるんじゃん、と思っていたのですが、お山に着いてすぐに本宮へは参らないのが礼儀だったんですってね。先ほど言いましたように本宮のそばには音無川が流れており、この流れで身を清めてから参るべきものだったようです。だから道草食ってるわけではないのです。でも、それを見越しておうち出ないとダメなんだけどね。遅刻は遅刻。 |
巻絹4 ◆ 都人、遅滞を咎められて縛られる ◆
|
巻絹5 ◆ 巫女があらわれ、都人を助けよという ◆
*1 神様といえども、苦しみはあるようでここでは「三熱」というものが神様を苛んでいるのだということが分かります。けれど、この「三熱」って、一般的には龍が受ける苦しみのことをいうのです。熱風や熱砂に身体を焼かれる苦しみ、ひどい風が吹いて家や衣服を飛ばされてなくしてしまう苦しみ、それから金翅鳥に襲われ喰われそうになる苦しみ。龍にはこの三つの苦しみがあるのですって。あんまり神様には「三熱」があるとは言わないんだけど、あるとしている書物もあってそれによればとにかく、人間が悟りをひらけず地獄に落ちていく姿を見るのが何よりも辛いそうです。いい人だー。でも、その苦しみが和らぐってのはまさか、その様を見なくて済むようになった、ってこと? 見てないところでは地獄に落ちてもいいの? 違うよね……と思いたい。 *2 その昔、有間皇子がお父さんである天皇とお兄さんである皇太子(後の天智天皇)に対して謀反を企てた咎で捕えられ、護送される道中に松の枝を結んでこんな歌を詠みました。 「岩代の浜松が枝を引き結びま幸くあらばまた帰り見む」 もう、戻ってこれないだろうと分かってはいながら、またこの結び目を見たい、もし生きていられたなら……という願いを込めて結んだのです。その、松を結んだ場所・岩代は和歌山県の海岸にあります。都の男が一生懸命三熊野を目指して歩いていた、あの千里の浜のあたりですよ。 |
巻絹6 ◆ 和歌を詠んだものを助けようとする天神 ◆
*1 さて。ここで、この「巻絹」のお話の元を紹介。 後嵯峨ノ法皇ノ、御熊野詣アリケル時、伊勢國ノ夫ノ中ニ、本宮ノヲトナシ河ト云所ニ、梅ノ花ノサカリナルヲ見テ、 ヲトナシニサキハジメケム梅ノ花 ニホワザリセバイカデシラマシ 夫ガ歌ニハ、イミジキ秀歌ナルベシ。此事御下向ノ時、道ニテ自然ニ聞食サレテ、北面ノ下揀j仰テ召サレケリ。北面ノ物、馬ニテアチコチ打廻テ、「本宮ニテ歌ヨミタリケル夫ハ、イヅレゾ」ト問ニ、「是コソ、件ノ夫ニテ候ヘ」ト、ソバニテ人申ケレバ、「ヲホセナリ。參ルベシ」と云ケル、御返事ニ、 花ナラバヲリテゾ人ノ問ベキニ ナリサガリタルミコソツラケレ サテ、返事ニハヲヨバデ、ヲメヲメト馬ヨリヲリテ、具シテ參ヌ。事ノ子細聞食サレテ、御感アリテ、「何事ニテモ所望申セ」ト仰下サル。「云甲斐ナキ身ニテ候ヘバ、何事ノ所望申候ベキ」ト、申上ケレドモ、「ナドカ分ニ隨フ所望ナカルベキ」ト、仰下サレケレバ、「母ニテ候物、養フ程ノ御恩コソ、望所ニ候ヘ」ト、申上ケレバ、百姓ナリケルヲ、彼所帶公事、一向御免アリテ、永代ヲ限テ、違亂アルマジキヨシノ御下文給テ、下リケルトゾ、ワリナキ勸賞ニコソ。百姓ガ子ナリケレドモ、兒ダチニテ、歌ノ道チ心エタリケルトゾ、人申ケル。 『沙石集』という、中世の説話がいっぱい載ったご本に載っています。歌は少し変えられてますが、歌の意味合いと、身分の低い人が歌を、という驚き、それに何より舞台が一致してますよね。この『沙石集』は、ほかにも「あー、この詞章はここから取ったんだな」というような箇所がいくつもあります。「巻絹」を書いた人はきっと『沙石集』が愛読書だったんだな。 |
巻絹7 ◆ 下の句を天神が続け、疑いも縄も解ける ◆
*1 この「正直捨方便」という言葉は、法華経の方便品に出てきます。「嘘も方便」という言い方がありますが、正しい教えに導くためであれば嘘をつくのも手段の一つ、ということなのです。そら、鬼子母神が人の子どもを捕まえてきて、自分の五〇〇人もいる子どもたちに食べさせて養っていた、というお話がありますよね。あのときお釈迦様は鬼子母神の末の子を隠して、子をなくした母親がどれほど辛いものか身を以って分からせ、それ以後鬼子母神は人の子どもをとることはなくなったんですよね。あれは、お釈迦さまによる方便でしょう。さて、方便を使わないであんなに鮮やかに成果を出せるものかしら。私にはくどくどくどくど……と説き倒すぐらいしか思いつかないのですがそれではその時点でちっとも鮮やかでありませんし、鬼子母神は聞いてもくれない可能性大です。となると「嘘も方便」なんですよね。けれど、やっぱりそれはあくまでも「手段」だとお考えのようです。本当は率直にいきたいようなのですね、みなさん。そういうことを方便品は伝えたいのかな、と私は読みました。 さて、そこで神様のことです。神様は、もともと方便というものは苦手としてらっしゃるのではないでしょうかね。何と申しますか、小難しいことはおできにならないのでははないかと。神様のお話って、なんだか直裁的なものが多いような気がしません?感情表現もはっきりしてますし。「策を弄する」なんてことからは遠い存在のような方ばかりのような気がします。そりゃ、たくさんおられるので口から生れたような方もいらっしゃるでしょうけれど。そんなこんなで、「神はもともと正直捨方便なのよ」と言ってるのかな、なんて。「やらない」と「できない」は違うと思うんですが、そんなこと言ってたら怒られちゃいそう。 |
巻絹8 ◆ 巫女に憑いた神は語り始める ◆
*1 やっぱり神様って信仰されて何ぼのものだと思うのですよ。わりと神様というのは分かり安い性格をしてらっしゃるようなので、みんなが「好きー」といったら調子に乗ってくれそうですものね。さて、これですが神様ご自身のお言葉なんです。宝亀四年二月二五日。八幡様のご託宣があったんです。「神土云物波。人乃伊都岐伊波比祭爾。神徳波増物曾。世波替土毛神波不替。因之神道爾跡垂給天。朝廷於奉守者。」ってね。 *2 「陀羅尼」とはサンスクリット語の音に漢字を当てはめたもの。それを漢訳した言葉が「総持」です。計り知れない意義、功能を持っている、という意味です。平たく言うと、呪文のことです。ご存じの通り、仏教はインドで始まりましたのでもともとのお経はもちろんインドの言葉(サンスクリット・梵語)です。それを中国で漢訳されたものを私たちは一般に見ているわけです。そして、様々な仏典の中に言葉そのものが力を持つ、即ち呪文が記されています。それを「dharani」といいます。そして、その言葉は中国で経典が漢訳される際に、訳してしまうと言葉の持つ意味が削がれてしまう、という訳者の判断で音に漢字をあてはめて記されました。そういう呪文的な、言葉の音そのものが力を持つとされるもので少し長めの物は「陀羅尼」、短めの物は「真言」と言われています。お経の中で意味のぜんぜん分からない難しい漢字の羅列してある部分、あれは陀羅尼かもしくは真言だと思ってください。お能にも真言が取り入れられている曲はいくつかありますね。 「■呼▲呼▲旋荼利摩登枳。■阿毘羅吽欠娑婆呵……(■は口偏に奄、▲は口偏に魯)」(なんの曲かわかる?) *3 人というのは六つの“道”をおのれの罪障によって輪廻しています。上から順に言うと天道・人道・修羅道・畜生道・餓鬼道・地獄道となります。すなわち、この三つは厳しい方の三つということです。人の世とは色々とつらいことも多いですけど二番目によいのです。またこの世に生まれてこれるといいね。 |
巻絹9 ◆ 巫女に憑いた神、歌の功徳を説く ◆
*1 老子さんのことば「天得一以清、地得一以寧」からです。これは「神得一以霊」と続きます。和歌パワーで、神様のパワーも存分に発揮できるようになるんです。 *2 このお話についてはここじゃ狭くて無理なの、「仏でオホホ」でね! *3 「八雲立つ出雲八重垣妻ごみに八重垣作るその八重垣を」素盞鳴尊さんの歌です。「夜や寒き衣や薄き片そぎの行きあひの間より霜や置くらん」こちらは住吉明神さんの歌。こうして神様ご自身が和歌としてお言葉を発しておられるのです、和歌を日本の陀羅尼と言わずして何と言いましょうや。 |
巻絹10 ◆ 巫女は憑いた神をあげるために舞う ◆
*1 神様に喜んで頂くための言葉です。神々を褒めたたえ、神の恵みを得たい内容を盛り込んだ言葉です。 *2 「法性」とは宇宙の本質・不変の真理といった意味で実相、真如などと同義です。それらを備えた国、ということなのでしょう。さて、これはどこの国のことなのでしょうか。仏教発祥の地・インドか、それとも日本か。確かに、熊野は日本の東南とは言い難いですが「巻絹」が書かれた時の国土の概念からすると東南にあたらないこともないのではないかと。それに、なんといっても日本には神さまがおられて、和歌があるんですもの。 *3 仏教の世界観、須弥山世界において世界の果てをぐるりと取り囲んでいる山のことです。 *4 これ以降の説明は一気にいきますよー。 吉野から熊野にかけて連なる大峰山脈との中で一番高い釈迦ヶ岳付近を境に吉野側は金剛界、熊野側は胎蔵界とされています。御嶽とは吉野側の拠点・金峰山です。となると鉄囲山から光に照射された山とは釈迦ヶ岳だと思いたいんですがどうでしょうか。 金剛界・胎蔵界とは大日如来を中心とした仏教的世界観で、大日さんを智慧の面から捉えた何物にも打ち砕かれない堅固な世界観が金剛界です。胎蔵界は、大日さんを慈悲の面から捉えた世界観です。何物をも包み込む、母胎で守られる胎児のイメージです。 曼荼羅とは本来仏の悟りの境地のことですが、それを絵に現したものをもそう呼びます。 |
巻絹11 ◆ 神仏を語り尽くし、神は巫女の体を離れる ◆
*1 殺生・偸盗・邪淫・妄語・綺語・悪口・両舌・貪欲・瞋恚・邪見の十種類の悪行のことを言います。 *2 殺生・殺母・殺阿羅漢・破和合僧(教団の和を乱す)・出仏身血の五つの大罪です。「出仏身血」とは仏像の血を出す……つまり、仏さまを傷つけることなんですって。それはイケナイ。 *3 三山、といつもセットで言われているのに那智大社だけ言ってもらえてないのは気の毒なのでこっそりお教えします。西の御前こと那智大社にはね、千手観音さんがおられるんですよ。 |