■第六回湖風祭公演 「まったり舞ったり福来たり」■
平成十二年十一月十五日(日)十七時頃
仕舞 鶴亀 清経キリ 胡蝶 菊慈童 連吟 吉野天人 仕舞 嵐山 経正クセ 花月クセ 融 連吟 羽衣 仕舞 松虫キリ 杜若キリ 花月キリ 鞍馬天狗 附祝言 終了予定 十八時頃
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仕舞・清経キリ 平清経は美しい月の夜、自ら命を絶った。ただ、残してきた妻のことが気がかりだった彼は一房の遺髪を残した。しかし彼女はそれを受け取りはしなかった。戦死や病死なら諦めもつくが自殺するとは何と嘆かわしいことか。泣き伏す彼女の前に現れたのは夫・清経の霊。夫は遺髪を受け取らない妻を責め、妻は自殺をした夫を責める。だが死に至るまでの有様を知って夫婦は和解する。さらに彼は地獄での暮らしを語る。 「修羅道に落ちると、立ち木は敵、雨は矢、土は剣、山は鉄の城となって雲の旗を翻す。煩悩や迷い、悟りが敵となって襲いかかり、打ち合う様は波、退く様は潮である。戦さをした報いでこの様に苦しんでいるのだ。しかし死ぬ間際に唱えた念仏のおかげで御仏に救われた。私は今、成仏する。何とありがたいことだ」
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仕舞・胡蝶 まだ寒さの残る早春に、梅の花は咲きますね。そんな寒いときには蝶は飛んではいけません。そう、胡蝶の精は、春夏秋の花と戯れるのですが、梅の花とは縁がないのです。そこである日、都で梅の花を眺めていた僧の前に胡蝶の精は現れ、言いました。 「私は法華経の功徳を受けて梅の花とも縁を得たいのです。また夢で逢いましょう」 そして僧が梅の木の下眠っていると、夢に胡蝶の精が現れました。なんとお経の力により、念願が叶って、梅の花と戯れることができたそうなのです。 胡蝶の精は喜び、舞を見せました。そして夜が明ける頃、翅をうち交わし、霞にまぎれて消えていったのでした。
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仕舞・菊慈童 中国は魏の時代でございます。とある山の麓に長寿の泉があると聞き、勅使が使わされました。泉を探しておりますと、不思議な庵を見つけます。その庵には七百年前の周の時代から生きているという少年が住んでおりました。彼は王の枕をまたいだ罪で追放されたのです。 彼が長生きなのは、その枕に王が経文を書かれたからなのです。その経がこの山の菊の葉に浮かび、葉の雫が集まった谷の山の水は霊水となったのです。元々その源流は酒が湧いていたのですが、霊水と混ざったことで、酔いもせず老いもしない薬酒となりました。少年は枕の霊力のおかげで、七百年を変わらぬ姿で過ごすことができたのです。 最後に、霊薬となった酒を勅使に与え、少年は庵に帰っていくのでした。
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連吟・吉野天人 桜の花を見るために、吉野山の奥深くを訪ねた都人たち。山は、麓から頂まで、一面の花盛りです。そこに、高貴な姿の女性が現れます。その女性は、一日中、花を友のようにして暮らしているのでした。その女性と共に、都人たちは素晴らしい桜の花をめでるのです。 しかし、いつまでたっても帰ろうとしないのを不審がると、「私は天人なのです」と言い、「今夜ここに滞在し信心なさるなら、五節の舞を見せましょう」と言い捨てて消え失せます。 そこに来た里人に五節の舞の話を聞き、その奇特を見るよう勧められ、留まることにします。やがて夜になると、天人が現れます。そして、軽やかな袖を春風に翻して、世にも美しい舞を見せ、再び花の雲に乗り消え失せたのでした。
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仕舞・嵐山 嵯峨天皇に仕える勅使たちが、吉野から移し替えた桜の咲き具合を、嵐山に確認しに行きます。勅使たちが眺めていると、老夫婦が現れます。実はこの二人は、吉野の神々で、桜を守護しに、時折現れているのでした。その後、老夫婦が正体を現して、舞楽を奏します。続いて、蔵王権現が現れます。 我は極楽浄土を出て、この世に交わり衆生を救う、金剛界と胎蔵界を現わした姿。その一方の足を上げて、大地を踏みしめる。悪魔も降伏させてしまう程の目は光明を放って、国土を照らして、衆生を守る。 そしてこの神々が嵐山に登り、花に戯れ梢にかけあがります。その光景は、まるで吉野の様。帝の治世は、長く栄えたのでした。
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仕舞・経正クセ 平経正は、琵琶の名手でした。しかし、その才能も源平争乱の中、西海に散ってしまったのです。これを悲しんだ法親王は、追悼の管弦講を催します。 そこへ経正の霊が現れました。修羅道に堕ちた自分を追悼してくれているのに感激します。 ……こうして改めて聞いてみると、琵琶の一弦・二弦は松葉が落ちるように消えそうな低い音がある。逆に三弦・四弦は、夜に鶴が巣の雛を探して鳴くような高い音。鶴よ、この宴が終わらないように、まだ鳴かないでくれよ。次は鳳管(笙)か。その音色は山上の雲を動かし、喜んだ鳳凰が翼を並べて舞い遊ぶと言うが、全くその通りである。高音と下音の調べが心に響き、昔のことが思い返される。なんとも楽しい宴だなぁ。
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仕舞・花月クセ 元々この清水寺は、坂上田村麻呂が大同二年の春に創立されたのが始まりなのです。寺の建つここ音羽山では、今でも木々から滴る清らかな水の恵みを誰もが受けています。ある日、この音羽の滝の水が五色に輝いているのを発見し、不思議に思った人々が水上を訪ねてみました。すると洞穴の中に見つけた柳の朽ち木が突然光輝き、何とも言えない香りが辺りに広がりました。人々は、その木は楊柳観音の化身であらせられると、と手を合わせて拝します。やがて朽ち木は緑色を蘇らせ、桜やその他の老木までも真白な花を咲かせたのでした。こんな風に観音様は生あるもの全てをお救いくださるのです。 そう清水寺の喝食、花月少年は謡い舞う。その姿を見つめる旅の僧の顔色が変わっていく。 「そなたはもしや……」 (キリにつづく)
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仕舞・融 旅の僧が、夢で融の大臣に会えることを期待して、寝ていました。すると、融の大臣は貴公子の姿で登場します。そして、月についていろいろ語りだしました。 三日月の形は、舟に例えられたりする。また魚はその影を釣針であると、鳥は弓かと思うのだ。しかし月が地に降ることも、水が天に昇ることもない。鳥は樹に、魚は水中で眠りにつく。それが本来の姿なのだ。 秋の夜の物語りは続きます。しかしやがて鳥も鳴き、鐘の音も聞こえてきて、月も西に傾き、夜明けも近くなりました。そして、融の大臣は、月の光に誘われるかのように、月の都に入っていったのでした。
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連吟・羽衣 ところは三保の松原。そこに住む白龍という漁師がおりました。春ののどかな景色が漂う松原で、彼は不思議な衣が松の枝にかかっているのを発見し、珍しいので持って帰ろうします。ところが、一人の美しい女性に呼び止められます。その女性は、自分は天人であり、その衣が無いと天に帰れない。衣を返してほしい、と言ってきました。しかし白龍は衣を返しません。天女は悲しみ、天での生活を懐かしみ、天に帰れない身の上を痛々しく訴えるのでした。今回披露するの連吟は、千鳥やカモメが空を飛びまわり、大空に雲がたなびく様子を見ては天を懐かしくされる、と言った内容なのです。この様子を見た白龍は、あまりにかわいそうに思い、衣を返したのは言うまでもありません。
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仕舞・松虫キリ 若い男が友達と酒を飲みに来て、酒売りにこんな話をします。 昔、阿倍野の辺りの原っぱで、男が二人歩いていました。男の一人が松虫の声にひかれ、草むらへ入っていきました。しかし、いつまでたっても帰ってきません。もう一人の男が探しにいくと、先の男は草の上で死んでいました。男は泣く泣く友の亡骸を埋めたのです。 そして、自分は今でも松虫の声を聞いて、友を偲ぶ亡霊であると明かします。酒売りの回向に感謝し、千草に集まって鳴く虫の音に興じて舞います。松虫だけでなく、キリギリスやヒグラシも鳴いています。そのうちに夜も明けだして、男の亡霊は消えていきました。あとにはただ、草茫々の原っぱと虫の音が残るだけでした。
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仕舞・杜若キリ 都から東国に旅に出た僧が、三河国で杜若が美しく咲いているのを、眺めていました。そこへ一人の女が現れて、ここは在原業平が歌を詠んだ名所だと教えます。その上、自分の庵に泊まっていくように勧めます。 やがて女は、初冠に唐衣を着て現れたので、僧が尋ねると、自分は杜若の精であると言います。また業平は歌舞の菩薩の化身であり、歌のお陰で、草木も成仏したと告げ、舞い始めます。 杜若とあやめ、美しさはどっちが勝るのか甲乙つける事が出来ません。花が咲けば、セミが鳴く季節で昔を思い出します。唐衣の白い袖を返せば、卯の花や雪のようです。夜も白々と明けてくると、杜若の色も浅紫に変わっていき、悟りの境地に達するのです。そうして、杜若の精はどこへともなく去っていきました。
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仕舞・花月キリ 天狗にかどかわされて行った山々を思い出すだけで悲しくなります。まず故郷の筑紫の彦山で私はさらわれました。次に讃岐の松山で雪の積もる白峰を見ました。伯耆の大山、丹後と丹波の堺の鬼が城は天狗よりも恐ろしく感じました。さらに愛宕山、比良山、比叡山と巡る中で、心を慰めてくれたのは美しい月夜。そして途方もなく高い葛城山、富士山に上り、その雲霧の中で寝起きすることもありました。このように天狗にさらわれて諸国を巡り、心が乱れ狂う中で簓(竹でできた楽器)をさらさらと摩り、謡い、舞ってきました。けれど今、あの僧、我が父と逢うことができ、本当に嬉しく思います。この簓を捨てると共にこれまでの悲しい生活を捨て、父と仏道修行に出ることにします。 「さあ父上、行きましょう」 (おわり)
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仕舞・鞍馬天狗 鞍馬山で、鞍馬寺の人々が花見をしていました。そこに山伏が現れると、興がそがれたと言い、帰ってしまいます。一人残った牛若丸は、一緒に花見をしようと声をかけ、見て回りました。実はこの山伏は大天狗でした。 そして、牛若丸に平家を滅ぼすように、兵法を授けました。稽古を重ね、成長した牛若丸の前に、再び大天狗が現れました。 あなたは、清和天皇を先祖に頂く源氏なのだ。将来を想像してみるに、平家を西海に追い落とし、敵を討って恨みを晴らすだろう。そう言い残し、帰ろうとすると、牛若丸が袂にすがるので、踵を返して言いました。どこの合戦であろうと、影の様に離れず、お守りしましょう、と。そして、梢に飛び上がりそのまま消え失せたのでした。
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附祝言・猩々 本日は湖風祭公演「まったり舞ったり福来たり」にお越しくださりまして、ありがとうございました。みなさまに福を届けるべく、最後におめでたい謡を。 覚むると思えば 泉はそのまま 尽きせぬ宿こそ めでたけれ ある男は、酒を愛する妖精である猩々に、泉のように酒の湧き出る酒壺をもらいました。しかし! それは夢だったのです。男ははっとして目覚めます。ところが、その酒壺だけはそのままありました。尽きることがない酒壺のおかげで、男の家は末永く栄えましたとさ。 みなさまにも私たちにも福が尽きることがないといいですね。
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